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田本駅訪問記 〜田本の72分〜 その1

1.プロローグ
「駅巡りの旅」というもの、自分にとっては今やライフワークとなってしまった感があるのですが、やはりきっかけというものはあり、それはいくつかの駅との出会いでした。ぶらり旅の途中でふと立ち寄ったいくつかの駅のうち、自分にとって魅力を感じた駅というのは、大体においてその駅舎か周辺環境の醸しだす雰囲気が気に入ったという、極めて感覚的なものです。
例を挙げれば、駅舎であれば、例えば因美線知和駅や姫新線美作千代駅、肥薩線大畑駅といった、おそらく開業当初からの原型をよく残し、かつ華美な周辺環境にない木造駅舎を持つ駅、また只見線会津川口駅や三江線石見川本駅のような、なんとなく気に入った街並みのランドマークとして気に入ってしまった駅、そして岩泉線押角駅や飯田線金野駅のような、近づくにつれ本当にこんなところに駅があるのか、と不安にすらなるような、無人地帯の駅などが挙げられます。
うち最後に挙げた金野駅は幼少時からその名前は聞き及んでおり、飯田駅や天竜峡駅を差し置いて、さしたる情報もないのに、隣の千代駅と共になぜか自分にとっての飯田線のイメージリーダーとなっていた駅でした。それから十数年後、車で伊那谷を訪れた際に、ふとその金野駅に立ち寄ってみたのですが、その時の印象がまた強烈だったわけです。
ところがこのしばらく後に出版された2冊の本(「列島縦断へんな駅」所沢秀樹氏著、「秘境駅へ行こう」牛山隆信氏著)により、飯田線にはこの金野駅をさらに上回る環境の駅があることを知りました。
前段が長くなりましたが、その一つが今回の訪問記の舞台である、田本駅だったわけです。

2.飯田線と田本駅
田本駅の所属するJR飯田線は東海道本線豊橋と中央本線辰野を結ぶ路線で、総距離195.7キロという長距離線であり、中部山地を貫く地方ローカル線としては両端含め95駅と極めて駅数が多いのが特徴の一つ。これはこの線の生い立ちに起因し、飯田線という路線は、豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道・伊那電気鉄道という、元々四つの民鉄会社により敷設されている。

地方民鉄全般に言えることだが、国鉄/JRの路線に比べ平均駅間距離が短い。つまり駅数が多くなる。これは地元の要望と、会社にとっては地元に定着するための努力、そして収入の「間口」を広げようとする意図とが合致するからである。国鉄/JRのように、「都市と都市を結ぶ過程で中間を拾う」敷設方法とは幾分異なる。
この飯田線と、その西の木曽谷を併走する中央西線とを比較してみるとよく分かる。時刻表路線図を見ると、民鉄敷設の飯田線にはびっしりと駅が並ぶ反面、東京と名古屋を結ぶ有力メインルート候補として敷設された中央西線はスカスカと言っていいほどだ。確かに木曽谷よりも伊那谷の方が人口は多い。しかし飯田線には中央西線も真っ青の山間の隘路はある。それでも平均駅間距離は比べ物にならないのだ。
話を戻し、その飯田線の隘路と言うべき区間とは、飯田線を敷設した四つの民鉄会社のうち、三信鉄道が敷設した区間、三河川合〜天竜峡間である。
天竜川の形成する狭隘なV字峡に沿うこの区間、どうやって鉄路を通すかすら困難を極めたそうだが、そこに上記の「民鉄線の敷設発想」が重なった結果、集落から大きく離れた無人の山中にさえいくつかの駅が開設された。
現在この区間では駅至近に集落がなく、民家が皆無ないしは数軒あるのみという駅は、大嵐、小和田、中井侍、伊那小沢、為栗、田本、唐笠、金野、千代といった駅。言えば中部天竜と天竜峡の間の駅の大半なのだが、中でも小和田、田本、金野の三駅は群を抜いている。
列車以外で外部からは、金野は無人地帯ながら林道伝いになんとか車で到達できる。田本はおそらく熟練のオフロードライダーでもなければ徒歩以外に到達はほぼ不可能。小和田に至っては徒歩でも到達不可能(杣道伝いに延々歩けば到達可との話も聞いたが)という有様である。まぁ小和田の場合、駅開設後に周辺集落がダム湖に沈んでしまったらしいのだが。
とにかく本州のど真ん中を走る飯田線だが、本州においてこういったいわゆる「秘境駅」はこの路線に際立って多い。田本駅はその代表格なのである。
3.田本駅へ行くのだの巻
さて、この日は飯田線の最終取材日。辰野方からじわりじわりと進んでいった「駅取材」。その駅数や立地、列車本数の問題などもありかなりの年月を要したが、ようやく起点である豊橋駅に到達した。これで飯田線は全駅訪問を果たしたわけだが、「取材」となると、中間に一駅残っていた。もちろん田本駅である。

というのも、実は田本駅を訪問したのは飯田線の駅「取材」前のことで、まだデジカメを持たない頃であった。このサイトの「駅と駅構内」のコーナーへは、その時に撮った銀塩写真を使おうと思い、当初「取材」はパスしていたのだが、この強烈に特殊な駅を紹介するにはあまりに画像が貧弱すぎることから再訪を試みることにしたのだ。
11時過ぎの豊橋到着から飯田線の折り返し列車の時刻まで、おおよそ2時間強の間が空いた。予定ではその間東海道線を1、2駅「つまみ食い」しようかなと思っていたのだが、どうにも体が重い。連日早朝から動いているので寝不足だろうか。
そう思っていた矢先、腰に重いものを感じた。「やべぇ…。」 次第に痛みは強くなり、直立できなくなってきた。
仕方ないので東海道線はあきらめ、いつもならかき込む昼食をゆっくり食べることにした。
豊橋駅の「橋上庭園」にてパンの昼食。眼下には路面電車が行き来していた。
豊橋駅の飯田線ホーム、1・2番。腰痛が激しさを増し、この後座ったホームのベンチから立ち上がれなくなる。
それでも時間は余った。だが次の下車駅、田本の予定滞在時間は72分。本当に、本っ当に何もない駅である。食料や飲料は手に入らないし、取材が終わればすることは何もなくなる。
というわけで痛む腰を押さえつつ、買出し。今は腹いっぱいだが田本脱出は夕刻6時過ぎとなるため、一応パンとお茶と、それから暇つぶし用の文庫本、念のためデジカメ用の予備電池…。とレジで清算しているとき、思わず噴き出しそうになった。
よくよく思えば自分は1時間何もせずに過ごすことはさほど苦にはならない。当初からそういう予定であるなら尚更である。
降車から乗車まで、手荷物以外の文明からは完全に遮断されるということは、これほどまでに心細さに襲われるものなのだろうか。高々一時間とちょっと、ふと思えばあまりに滑稽な自分に気付いてしまった。
さて長くお世話になった豊橋駅を定刻13時43分に出発、田本を目指す。田本着は16時56分、114キロの道程を3時間以上かけて進むわけである。
どうも遠隔地の同一沿線上は近いものと錯覚しがちであるが、退屈するかな、という思うまもなく、疲れていたのだろう、眠ってしまった。
うつらうつらと過ごすうちに感覚としてはあっという間に田本着。もう少し寝ていたいと思いながら、下車する。
降りたのは自分ひとりだけ。それどころか降りる素振りを見せた自分に、隣のシートのおばさんが「おや?」という顔をしていた。この何もない駅に降り立とうとする自分の「力み」がそう見せただけなのかもしれないが。
前回訪問時は自分の他に数人が下車しており、今回も夏休み中ということで、他に誰か降りるかな、と思っていたけれど。
東栄駅で下り列車と行き違い。駅数が多いこともあり、列車はゆっくりゆっくりと進む。
大嵐駅での列車交換。対向列車の遅れのため小休止。乗客もわらわらとホームへ出、対向列車を待つ。
4.「駅前通り」
列車が去ると完全に一人だけ、この山間に取り残されてしまった。
ふと気付いたが、体が軽い。やはり寝不足が腰にきていたのだろうか、道中僅かながら取った睡眠により、体力が回復している。これで一安心。実は折角「取材」に来たのだから、この駅の「脱出路」も取材しようと思っていたのだ。
まぁ要は自動車が通り、集落のある県道までの道のりのことであるのだが、しかし「脱出路」なんて大袈裟な、と思われるかもしれないが、そこにたどり着くまでは軽登山のようなもので、通常片道20分を要するとされている。
前回訪問時にはその道を辿り、隣の温田駅までを歩いているため、実は自分も経験済みである。それは少なくとも通常言われる「駅前通り」では決してないのである。そして豊橋駅で体の異変を感じたときに「やばい」と思ったのはこのことだったのである。
ではさっそくその「駅前通り」へトライ。ホーム上り方にあるトンネルの脇に階段があり、トンネルの上を越える。その先でこの小路は二手に分かれる。右へ下る未舗装路と左へ山を登る舗装路の分岐だが、舗装路の方が一応メインルートで、県道へ続く道である。
そして「舗装路」とは言っても、人ひとり通れる幅にコールタールを流した程度の超簡易舗装の山道であり、場所によっては落ち葉で完全に埋もれていたり、苔で緑色になっていたりする。挙句にかなりの勾配であるため、雨の日や夜などは結構危なそうだ。前回、今回とも晴天であった自分は運がよかったのかもしれない。

とは言え、この道を「取材」すると当初から考えていたにも関わらず、なぜか自分、「ツッカケ」である。かかとのストラップはあるので脱げたりはしないが、底はツルツル。通常路面でも濡れているとかなり滑るシロモノであり、落ち葉や苔の「危険地帯」には結構神経を使った。路面に対して垂直に垂直に、そっと歩を進める。一応低μ路に慣れた雪国の人間であるので自分が思うほどではなかったかも知れないが、しかし傍から見れば結構マヌケな光景だろう。まぁもちろん人目など一切ない。
田本到着。乗ってきた列車が行ってしまうと山間に一人放り出されたような感覚に襲われる。
ホーム下り方にあるホーム出口。その先にトンネルの上に上がる階段がある。これが「駅前通り」への第一歩。
トンネル上から見た田本駅の全景。今更ながら、まぁしかしなんつーところに設置したもんだと。天下のJR駅の一つです。
トンネルの上を越えると道が二股に分かれる。左は県道へ続く駅前メインストリート、右へ進むと対岸へ渡る吊り橋がある。
右上の画像から左に折れた地点。見事な「駅前通り」。この辺りは落ち葉が積もり、苔が生し、よく滑る。
九十九に折れながら高度を稼ぐ「駅前通り」。勾配の具合が分かると思います。
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