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北陸本線の(近)過去を偲ぶ・金沢駅その2

平成初頭に高架化された金沢駅ホームですが、その後優等列車の系統整理があり、過去帖入りした列車名の乗車意位置案内が残っています。ホームの端に乗り場が記されていた寝台特急も、平成も20年を過ぎると次々と過去帖入りしてしまいました。(H23.9撮影)


「日本海(*1)1号」。金沢駅はホーム屋根を外れた箇所に乗り場案内設備がなく、長編成故にホームに直接記されたのでしょう。 「北陸(*2)」。どういう意図かこの「12号車」表記だけこのようなド派手な表記。新聞等荷物扱いの目印だったんでしょうか。
*1… 「日本海」: 昭和25年に大阪と青森を結んでいた列車に愛称がついたことで登場、昭和43年に特急化。北陸地区初のブルートレインとなりました。関西・北陸対東北日本海側・北海道の使命を帯び、競合相手が少ないことから乗車率の高い列車でした。青函トンネル開通後は函館まで延伸もされましたが、平成20年に2往復から1往復化に減便、平成24年に運転日数極少の臨時列車化されてしまいました。
*2… 「北陸」: ブルートレインとしては歴史の新しい昭和50年誕生の、上野と金沢を結んだ寝台特急。ブルートレイン最盛期には最も運行距離の短い列車として地味な存在でした。しかし有効時間帯の長いビジネスユースに適した列車として、末期には個室化も進みました。青森行き「あけぼの」とともに上野発の夜行(特急)列車の残党として新幹線空白地への輸送に生きながらえましたが、平成22年に廃止されました。
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