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令和6年の雑感(サイトの現況など) |
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【3つ目 令和6年3月 北陸新幹線敦賀開業】 平成27年に北陸新幹線が金沢に到達し、今回更に先に進んで敦賀まで達しました。このサイトをベースとした話として、自分の鉄道との関わりが「駅取材」におおよそ限られている現状では、新幹線が金沢に到達しようが、敦賀まで達しようが、前述の生活環境のため、ほぼ影響はありません。 強いて言えば新幹線開業以来市内に観光客が、特に外国人観光客が恐ろしく増えました。同時に観光地として注目されたため、自家用車での来訪者も格段に増えており、市内の交通渋滞がひどいことになった、ということが一番の受けている実影響です。今回は福井県と加賀の温泉郷がフィーチャーされているようなので、観光客も増えているのではないでしょうか。 今回の新幹線敦賀延伸のメリットは、関西中京方面への到達時間短縮。 …それはそうだろというところですが、ただし大阪へは大体15分程度の短縮で、元々特急サンダーバードで2時間半という時間的距離であったことと、敦賀での乗換が発生すること、料金が上がることから、新幹線金沢開業時の、長野まで1時間、東京まで大阪と同じ乗換なしの2時間半になった(約75分短縮)という、そこまでのインパクトはありませんでした。一気に京都・大阪まで達していれば印象もまた変わったのでしょう。 デメリットは金沢駅の在来線が完全に3セク化され、JR在来線が達しなくなったこと。 県庁所在地駅では、青森は奥羽本線が、富山は高山本線が接続しており、長野・熊本・鹿児島・長崎はJR残置なので、今回の金沢と福井が初の例となったわけです。まあ金沢には七尾線が、福井には越美北線が乗り入れはするのですが…。 では個人的に具体的なデメリットはというと、運賃値上げ、新幹線を利用するまでもない地区への中距離移動のアクセス性の悪化がありますが、一番は青春18きっぷが使えなくなったことなのかも知れません。 ただ仮に「駅取材」が自由に出来る生活環境となったとしても、その対象エリアが地元から遠くなっていることと、18きっぷで一日かけて帰るような時間が取れなくなっているので、対象エリアまで別手段で移動した後18きっぷを使用し、また別手段で帰ってくるというパターンが主となっており、むしろ「首都圏往復フリーきっぷ」「関西往復フリーきっぷ」がなくなったことの方が影響が大きいように思います。 地元では18きっぷを使うよりもむしろ「北陸おでかけパス」のようなエリアのフリー切符を使うことが多くなっており、結局地元で18きっぷが使えなくなることはそこまでのダメージではなさそうです。 となると気持ちとしては「取材」メイン、実情はあったとしても普通の旅行と、日常使いで鉄道利用はしていない身にとっては、実害というより何とはない虚しさにすぎないのかも知れません。 個人的な実害が大きくはないとは言え、そうは言っても沿線地元民として、旧本線の3セク4社と出来れば支線のJR、のと鉄道が共同して、企画切符を含めたエリア内外の中距離輸送について、将来的にも配慮してくれることをせめて期待しています。 また3セク化と言えば、「駅取材」がほぼ出来なくなって情報もあまり仕入れることもなくなっていた中で、別の意味で衝撃を受けたのが、福井県の3セク線「ハピラインふくい」という社名でした。 このサイト内で以前から触れてはいましたが、えちぜん鉄道と福井鉄道が既にあるので、福井県の3セク線名は変な名前になるだろうなあとその懸念は考えてはいましたが、ここまで突飛なものになるとは思いませんでした。 初めて聞いたとき、どこかの公園の遊具モノレールの名かと本気で思いましたので、発表時の世間(特に福井県民)の反応はどうだったのか興味もあります。 ただ突き抜け過ぎていることもあって、慣れてくると語感も悪くないし、申し訳ないけれど「えちごトキめき鉄道」よりはいいのかも知れないと思ったりします。個人的には。 そしてこのサイトのこととしては、今回の新幹線敦賀延伸、延伸した新幹線、転換した3セク線に関わるサイト更新は、北陸地区のことなので北陸支所として極力早急に対応したいと、細切れでも少しずつ時間を取って「駅取材」を進め、とりあえず今回の更新で、ようやく北陸支所の一応の体裁は整えられたかなと大げさながら考えており、ホッとしております。北広島支所に後れは取りましたが…。 ◇鉄道雑学研究所北陸支所の置かれる環境変化 〜なんと20周年を迎えてしまいました〜 そしてこうしてふと振り返ると、このサイト、平成16(2004)年の開設なので、今年の8月で20周年でした。ただし活動として前述のとおり1年飛んではいます笑。 20年。今この歳になるまではとんでもないスケールと思われたスパンですが、立ち上げ時のてんやわんやもつい先日のように思い出せますし、本当にそれだけ経ったのかなあという印象です。 6歳の子供には1年は人生の1/6で、50のおっさんには1年は人生の1/50に過ぎないとか、どれだけ歳を取っても脳内は最終学歴時のままという話も、今は身につまされて実感します。大学時代が30年前なんかいと… そしてこの間webの世界の環境も変わりました。このような個人ホームページはかなり数を減らし、企業はホームページがあって当然な一方で、個人はインスタグラムやXなどのSNSが主流になりました。(昔は「北陸支所」で検索したらトップで出ていたのになあ…。北広島支所は上位に出るので、ちゃんと更新していないからというのが大きいのでしょうが。) だから昔のサイトによくあった「リンク集」、ウチにもまだあるのですが、これが今後拡充することは多分ないのでしょう。 そしてスマホの普及で閲覧環境も大きく変わりました。ホームページもPC用とスマホ用のページ双方があることが多くなっている中、このサイトはただひたすらページ数が積み重なった行くという特性上、現在トータル何ページ(何ファイル)あるのか把握できていないくらいです。把握できていたとしても、スマホ用ページへの改修は実質不可能で、見てくださっている方にはご不便をおかけしております。 なんでも最近のホームページビルダーのファイルであればスマホ用に変換できるらしいのですが、20年も前からのサイトはつくり直すしかないようです。ブラウザのアップデートでページが大きく崩れることがあり、その修正が精一杯といったところです。 ◇このサイトの母体であったコミュニティへ 〜みんな元気?見てくれてるかな〜 それから変わったといえば、SNSの普及のためでしょう、掲示板サイトも随分下火になっているようです。 このサイトの生みの親とも言えるコミュニティが、このコーナー最初のページ(「メーキングオブ北陸支所」)で触れた掲示板のスレッド、当時の「2ちゃんねる」のスレッドだったのですが、そのスレッドも毎晩のようにわいわいやっていた方たちが次第に減り、更新頻度を大きく落としながらも令和4年に何とか20年に達していました。そしてそのしばらくのちに、おそらく現在web上から消えています。 自分も生活環境的に中々顔を出せなくなっていた中で、専用ブラウザが次々に使用できなくなったり、ボードがどこか移転したりと外的要因も含めてアクセスが出来なくなっていたところでした。現「5ちゃんねる」自体がどうなっているのかもよく把握できていません。 あそこにいた方たちで古参の方は、この「鉄道雑学研究所北陸支所」の存在をご存じの方は多いので、今回久々のこのコーナーの更新の最後の主旨として、よれよれながらも北陸支所も20年とりあえず動いており、管理人もなんとか生きておりますと発信してみようかと思った次第です。 OFF会とかいうのは実は反対派なので、またweb上のあんなコミュニティができるといいなと(他力本願ですが)望みつつ、今回のとりとめのない雑感、近況報告を終わりたいと思います。それでは。 |
( 記 R6.6.14) |
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