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筒石駅訪問記 その1

北陸本線筒石駅。知る人ぞ知るという個性的な駅、それは全国にいくつかあるトンネル駅の一つです。この駅には列車で「通過」したことはもちろん、車で立ち寄ったこともあるのですが、これは平成16年3月、初めて構内に降り立ってみたときの記録です。

糸魚川駅から直江津駅にかけての北陸本線沿線は、日本の鉄道路線有数の地滑り危険地帯。かつて北陸本線は海岸線をトレースしていたが、複線電化開業の際に、浦本駅から有間川駅の間を経路変更のうえ、長大な複線トンネルで貫く新ルートに切り替えられている。その結果、旧線上にあった能生、筒石、名立の各駅は新線上に移設されているが、筒石の集落付近にはトンネルの切れ間がなく、この駅だけはトンネル内への移設となった。昭和44年の話である。

トンネル駅は全国には筒石駅だけではなく、上越線の土合駅、湯檜曽駅、北越急行の美佐島駅、また海峡線の竜飛海底、吉岡海底の両海底駅なども広義のトンネル駅の仲間であるし、ホームの一部がトンネルにかかる駅もいくつかある。ただし複線の構内全体がトンネル内にある旅客駅ということになれば、この駅くらいのものではないだろうか。(…多分。)
筒石駅へ訪れたこの日は北陸本線北部の「取材」の一環。能生駅から糸魚川駅へ戻り、梶屋敷駅へ徒歩移動、そしてこの梶屋敷駅の次の訪問先が筒石駅であった。
梶屋敷駅の付近は古い民家の並ぶ海沿いの集落の中。隣の浦本駅も似た立地の漁港の駅、この辺りの路線は海岸線に迫っている山並みの裾を走るため、民家越しに海が望める。しかし浦本駅を過ぎると上記の歴史により、長大複線トンネルが連続する区間に入り、車窓は闇の中となる。
能生駅は能生町(現糸魚川市)の展開する能生川沿いにあり、前後を木浦トンネルと頸城トンネルに挟まれている。下り列車で能生駅を出るとすぐに突入するその頸城トンネルの中に、筒石駅はある。

到着アナウンスの後、トンネル内を走る列車が次第に速度を落とすと、筒石駅のホームの明かりが見えてきた。
ここで下車したのは自分一人だけ。
トンネル内にはそうそう入れるものではないが、想像通りの冷気と湿っぽさ、なんとはないかび臭さがあった。乗ってきた列車を見送ると、手ブレに気を遣いながら、ホームの手摺に寄りかかってホームを撮影。続いてホーム中央の出口へ。扉の中に入るとここにも待合室があった。この待合室とそこから続く地上へ向かう階段を撮影。
自分の脇、ホーム出口のあたりには1組の若いカップルと駅員さんが何やら話をしている。話を終え地上へ戻ろうとする駅員さんが、階段を撮影している自分に声を掛けてきた。

「もうすぐ特急が通過しますよ。」
危ないから早く地上へ出ろ、と言われると思いきや、
「ホームで見ててもいいですよ。」
…あれ?


駅の撮影をしていると、駅員さんには親切に応対していただけるケースは多いが、一方で「危ないから」等々の理由で怪訝な表情を浮かべられることも実は少なくない。決して危険なことや法に触れるようなことをしようとは思わないのだが、そういう反応の方が印象には強く残ってしまう。(個人的には「駅員さんが」ハラハラするような行動はしないことは第一に心がけでおります。)

 
ましてトンネル内、特殊環境の駅である。筒石駅の駅員さんは親切で、こういうことにも理解が深いとの噂は聞いていたが、こういう申し出を受けるとまでは思いもよらなかった。有難くお受けし、礼を言って再びホームへ戻る。
トンネルの中の駅、筒石駅に到着。駅員が出迎える。
反対ホームは互いに左手にある。
ホームでしばらく待つと風が吹いてきた。周囲の景色など当然全く見えないが、ここは海沿いの丘の上の駅である。この方向に風が抜けることもあるのだろうと思っていたら、次第にその風は強くなってきた。これはいわゆる「トンネルどん」現象で起こる突風なのだとようやく理解する。
「トンネルどん」とは列車がトンネルに突入する際にトンネル内の空気を一気に押し流し、突入反対側の出口ではそれが爆音となって伝わる現象を指した言葉。特に高速運転を行う新幹線などで顕著な現象である。

ホームに立っていると風はどんどん強くなる。とここでふと思った。この風はホームから線路に対し、右から左へ向かって吹いている。ということは、
「く、下り列車…?」
つまり自分のいるホーム側を通過する列車である。

この環境の駅、通過列車に「立ち会える」だけでも稀少なことだと思っていたが、駅員が「どうぞ」と言うからには、てっきり反対線の列車が来るものと思い込んでいた。まさか今いるホーム側の列車とは。

ここはあの駅員さんの心意気にかけて、絶対に危険と“駅員、乗務員に思われる”ことはできない。列車にタイフォンを鳴らさせるようなことなどは絶対にあってはならない。ホーム出口の箇所にのみあるホーム中央の小さな柵の内側に入り、しっかり掴まる。
と、ここで突然ガタガタッとホーム出口の扉が開き、先ほどのカップルがホームに入ってきた。先ほど彼らを見かけたときは、確か先の列車で降りたのは自分一人だったはずだが、と思っていたが、どうやら「駅見学」に来ていた「先客」だったようだ。


強風に煽られながら、3人はホーム出口付近の手摺や柵にしがみつく。風は狂ったようにさらにどんどん強くなり、ホーム出口の扉などは孕んでしまって完全に動かなくなっている。カップルの女性が歓声とも悲鳴ともつかない声を上げる。やがて凄まじい轟音と共に三条のヘッドライトが接近し、爆風を撒き散らしながら特急は目の前を通過していった。
正直なところ、駅構内さえ普通に撮影できればそれでいいと思っていたが、折角の駅員さんの厚意を無にする理由もないとホームに上がっていた。が、これほどの迫力とは想像もしていなかった。そして駅員さんは「この風」を体験させようと考えてくださったのだろう。あの時声をかけてくださらなかったら、筒石駅の取材に大きな片手落ちをしてしまうところだったのかもしれない。おかげさまでおもしろい経験だった。
「ごおおお!」
「ちゅどーん!」
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