○街の暗さ 〜塩釜駅にて〜
さて周囲はすっかり薄暗くなり、貝田から宿泊予定地、仙台を目指す。
車内では同じく仙台を目指す人たちが多い。盆も近いためか浴衣姿の女性も散見される。暑い一日だっただけに浴衣も似つかわしいが、こちらとしては早く宿を見つけて一風呂浴びてさっぱりしたい。
すっかり日も落ちた仙台駅に到着。休日とは言え夕刻過ぎ、まだ駅は喧騒の中にあった。しかし休日なだけにスーツ姿のビジネスマンやOL、制服姿の学生よりも、仙台へ遊びに来た、というような私服姿の若者が目立つし、学生も部活帰りのジャージ姿の方が多い。そしてやはり浴衣姿の女性が散見される。
さて宿探し開始。駅近くのビジネスホテルに片っ端からあたる。が、どれも満室。
ふと駅から少し離れて、某チェーンホテルが見えた。建築基準法や駐車場条例などの問題に端を発し、その対応から内部告発が噴出、この当時ドロ沼の只中にあったビジホである(いや個人的には安いし、アメニティもよいので、後にも先にも変わらず愛用していますが)。
しかも、一軒ずつ見えたため当初位置関係が狂いそうになったが、気付けば比較的近くに二軒もあった。これ幸いとあたってみるが、いずれも満室。「前日の花火がありますので…」とかよく分からないことを言われた。
この世間の逆風吹き荒れるチェーンホテルでも満室となれば、最早この付近は絶望的かもしれない。
しかし花火で満室って、長岡や大曲なら分からないではないが、その花火の知名度と仙台市のキャパを思えば、それにしても解せない。
その花火へと向かうのであろう、また浴衣姿の女性とすれ違った。
浴衣と言えば盆踊り、という単純な連想だったのだろう、自分の地元金沢市では、市中では盆は7月で、いわゆる新暦で行うが、この辺りは8月の旧暦なのだろうな、と何気に思ったとき、脳内に衝撃が走った。 |
仙台!七夕!
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アホだ。今日は8月6日である。何故今になってやっと気付くのか。
思えば県境を越えた頃から増えだした浴衣姿の女性、思えばホテルのフロント係の言う「前日の花火」の前日ってのは「祭りの前日」、思えば夜行バス仙台金沢便の乗車状況と窓口係員の即答ぶり、そして何より、一般常識…。気付くべき時点は山ほどあったのだ。
取材旅では駅以外はほぼ興味がないし、そもそも旅では当地の日常を見たいというスタンスから、その対極にある祭りには全く興味がない。さらに自分の旅への向かい合い方、無計画。これらが仙台七夕祭りの存在とそれは旧暦8月に行われるという常識を、記憶から弾いてしまっていた。
そう思うと今日この日、こんな時間に超軽装の30男一人、予約もなく宿を探し回っていることの方が、ホテルのフロントマンからは奇怪に見えていただろう。たまらなく恥ずかしくなった。 |
とにかくへこんでいても仕方がない。最早仙台はあきらめねばなるまい、移動だ。ただ七夕祭りとなると数駅の移動では事足りないであろう。取りあえず仙台市を出るのだ。
時刻が遅くなってしまってはいるのだが、それ以上に意外に列車が少ない。
最悪仙台なら一晩過ごせる場所はあるだろうから、目的地は、そこがダメでも再びこの仙台に戻れる程度の距離の街、または同じく一晩過ごせる場所のありそうな、それなりの都市の方がいい。
山形!そうだ山形だ!同一幹線街道沿いではないので、今日の郡山と福島の間とは逆パターンとなるが、鉄道での仙台と山形は印象以上に近い。
早速駅へ戻り、仙山線乗り場へ向かおうとしたときにふと気付いた。花笠祭り、…って今頃じゃないのか?
構内の掲示板やツアー案内のポスターを見てみると、ビンゴだった。とりあえず自らカウンターのワンツーパンチを受けにいくことは避けられた。
こうなるとダメなら仙台に戻れる距離で、かつ観光客が翌日仙台に行くには少し面倒に思う距離を隔てた街で、さらにビジホくらいはあると思えるような街の駅。市の代表駅がいいだろう。目指すは仙台市東方の港湾都市、塩釜である。
藁にもすがる思いで東北本線を下る。しかし大都市仙台圏と思いはしたが、意外にこの辺り夜が早く、車窓が暗い。だが塩釜前後で捕まえる仙台方面への上り列車は最終列車となる。塩釜駅前に賭けるしかない。
そして21時半過ぎ、塩釜駅着。
…あかん…。
おあつらえ向きに駅舎より高い土手上にあるホームから、駅前が見渡せた。暗い。そして思い出した。代表駅は塩釜駅、しかし中心街は仙石線本塩釜駅…。
もういい、終わった。とにかく仙台駅へ戻ろう…。 |
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夜の塩釜駅到着。 |
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ホームから見た塩釜駅前。「終わった」と感じた瞬間。 |
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○最後の駅寝、初の野宿 〜仙台駅にて〜
仙台駅へ戻る。最早大幅な移動は出来ない。もしかしたら仙山線や仙石線はまだ動いていたかもしれないが、共に近辺の沿線は住宅地の路線。ドツボに嵌るだけだろうと自重する。
やがて最終列車の出た駅舎は閉鎖され、駅前のぺディストリアンデッキにある植栽帯の縁に腰を下ろす。…野宿だ。
これがなにかとグダグダだった今回の旅の最大のハプニング。これが序文の大きい、けれども話題としては書いてしまうと大したことのないハプニング。話のタネにはなってもこれ以上膨らまない。しかもタチの悪いことにここで完結のハプニングではない。夜は長い。無装備でも支障ない季節であることのみが唯一の不幸中の幸いである。
することもないので、街灯の下、まずは翌日以降の計画を立てる。
明日は積み残した白石駅以北から、少なくとも取材済みの小牛田駅までを繋げたい。「能登」車中泊の寝不足のところの野宿だが、明日も早くなる。
そして帰路については3日目、18切符で一日かけて帰ることになる。6時台仙台発の磐越西線経由で金沢は22時台着。ただ流石に朝に不安があったので、バックアッププランを立てる。8時台仙台発の仙山・米坂線経由であるが、これは前回のこの辺りの駅取材の撤収時に使った行程なので、ここは是非磐越西線経由でいきたい。
プランニング、早くも終了…。
周りを見れば東北の大祭の只中である、ウロウロしている地元の若者が多い。「お姉さん、ちょっと飲みにいかない?」とかやってる輩もいる。
反面、同士と思しき所在なさげな単身旅行者が、花壇やベンチで何をするでもなく時間を潰している。暇つぶしに話しかけようかとも思ったが、自分もテンションは冷え切ってしまっていて、口を開くのも億劫だ。
とにかくミッドナイトの仙台駅前ぺディストリアンデッキには、結果として結構人が多い。
持ってきた文庫本を読む。何を読んだかも覚えていない。街灯の明かりじゃ目も疲れる。
さすがに暑い。夜中でも過ごせるところ…、と目をつけていたのが駅前の「吉野家」。ただし何度も入れない、どころかこのコンディションで牛丼など食いたくはないのだが、たった1回、涼を得るタイミングを計ってみる。
祭りの日だからなおさらであろうが、警察の巡回も頻回に入っているようだ。
中学生が鉄道警察隊に連れられて目の前を通っていった。祭りにテンションが上がってしまったヤンキー中学生ではない、一人旅風の真面目そうな男の子だ。彼も宿が見つからなかったのであろう。それはよい、それはよいが、通りすがら、警官の声が聞こえてしまった。
「ダメだよ、中学生がこんな時間にこんなところで。ここは夜、大人でも危ないんだから。」
…おいおいおい。
こうして寝付くわけでもなくダラダラ過ごし、ようやく夜が白んでくる。明るくなるとなぜ当初から気に留めなかったかと思えるほど、仙台駅は七夕祭り一色であった。 |
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浴衣姿の女性が多いですが、深く気にとめてはいなかった。いてもどうしようなかったが。 |
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…とそこら中に書いてあったのに。 |
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パークアンドライドなどで取材する場合、自家用車で車中泊できるし、最初から列車で出た場合は、無計画ながらもこれまで結果的に宿泊地には恵まれていた。
駅寝の経験もあるが、計画折込済みのケースばかりで、シュラフ等を持参していたし、何より事前に気持ちの準備ができている。
こうした車中泊や駅寝は腐るほど経験しているが、想定外の無装備の野宿は初めてである。慣れた人には大したことではないかも知れないが、自分にとっては大きなハプニングだった。そしてこれが駅寝と呼べるか分からないが、これ以降駅寝はしていないし、するつもりもない。
初の完全野宿であり、最後の駅寝であろう。
さてこの「大きい、けれども話題としては大したことのないハプニング」ではあったが、最後に余談ながらちょっと和んだエピソードを。
時間を少し戻し、12時も過ぎ、未明からむしろ明け方に近い頃のこと。
ぺディストリアンデッキの植栽帯の縁で、何をするでもなくボーっと座り込み、たまに横にもなっていたのだが、そのとき、カサッという音とともに頭上で何かが植え込みから飛び出したのを目の端に捕らえた。なんだろうと思い、向きなおすと、目が合った。
「???リス?」
この街中に?この仙台市のど真ん中に?
一瞬の邂逅の後、彼は再び素早く植え込みに飛び込んでいった。追いかけて探しても見たが、ついぞ見つからなかった。もちろん真夜中の、一瞬のことだったので画像はない。
しかし仙台の駅前には野生のリスがいる。これは珍しいのかは分からない、ただ少なくとも、意外な経験だった。
さて翌日は2日連続の寝不足の中、早朝より取材敢行。寝過ごしは1駅に止まったが、折角立てた計画は大幅に崩れた(むしろ2駅寝過ごした方が、行きつ戻りつの「取材行程」では計画修正のダメージは小さい)。
そしてその日は1日越しの悲願の(?)仙台泊。例のチェーンホテルで、泥のように眠った。泥のように眠って、その翌日の帰路は結局仙山・米坂線回りとなった。それがこの取材旅行、締めのグダグダであった。 |
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帰路の乗換で降りた山形駅。やっぱり花笠の装飾で満開でした。 |
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同じく帰路の米坂線キハ52、米沢駅にて。この辺りのレポも別に書きたいとは思っています。…思ってはいるのですが…。 |
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おわり |