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遅れはしょうない、お詫びは聞きあきた? その3

秋田到着は既に日も落ちた8時過ぎ。拠点として動いているここ秋田はどうしてもこういう時間帯になってしまう。仕方がないので夜の秋田駅を「取材」する。

明日は秋田近辺の数駅を早朝に取材した後、一路帰路へつく予定であるが、明日の予定には計画のネックであるこの秋田駅での1分乗換えがある。番線を調べると7番から4番への移動らしい。通常ならばいけそうなものであるが、走る必要があっても朝早いためにホームが凍結して満足に走れないかもしれないし、それ以前に昨日今日とダイヤに乱れが出ている。その1分が確保できるかすら疑わしい。

そこで乗換不可だった場合に備え、明日の「取材駅」の一つ、隣の土崎駅を夜とは言え確保しておこうと思い立った。明日の秋田1分乗換に成功すれば、明るい土崎駅を「再取材」すればよい。

土崎駅に着くと、もはや今回のお決まりとなった遅延情報が出ていた。秋田駅方面への上り列車が10分程度遅れているらしい。夜の撮影は手元の固定など、昼より気を使うので多少時間はあった方が助かる。

それにしても、今日の羽越筋はダイヤの遅れはあったものの一応予定通りにこなせたし、秋田から北もこの程度の遅れなら、1日目と2日目の予定をそっくり入れ替えればよかったのではないだろうか。昨日の羽越筋は秋田以北のような凄まじい遅れはなかったようであるし…。まぁそれを言っても仕方ない。昨日の時点でこの結末を知っていたわけでもあるまいし。
しかし、…秋田行きの列車が中々やってこない。ここで構内放送。

「秋田方面へお越しの方、本日弘前青森間の大雪ためダイヤが乱れております。只今列車は2時間ほど遅れて運転しております。」なんだ今日もかなり遅れてたのか…、ん?。
「…2時間?」

自分が呟くのと同時に同じ待合室にいた女子高校生の一団が声を上げた。ほんの数十分前に出されたらしい遅延情報とはあまりに違うが、しかしこれから秋田へ折り返すには、予定列車の先発列車がやはり2時間遅れていて、あと30分弱でこの土崎駅に到着するらしい。

「只今秋田行きは羽後飯塚駅を出ました…。」

後で聞いた話では、昨日今日と、秋田では積雪30センチ強だったのに対し、青森では1メートルを軽く越えたらしい。これでは1日のスケジュールを交換したところで何も変わらなかったであろう。

「只今秋田行きは大清水信号場を通過しました…。」
「どこだよそれ。」

また自分が呟くのと同時にあの一団から声が上がる。いや、そりゃあ自分は男鹿線分岐点ということは分かるが、他の客に分かるべくもない信号場の名前が構内放送で出てくるほどに現場は混乱しているのか。珍しい構内放送である。

結局土崎からの「乗車予定列車の先発列車」は秋田駅には140分遅れで到着した。
「…列車遅れまして大変ご迷惑をおかけ致しました、お詫び申し上げます。」
車掌さんも今日一日これを何度も言っているのだろう。自分も昨日今日と何度も聞いた言葉である。ここまで乱発されると有難味がなくなってくる。本来有難いのなんのというものではないのだが。
また夜間帯の暗さながら、秋田駅の外観を「取材」。
夜の土崎駅。特徴のステンドグラスは夜のほうが映えます。
さて3日目。今日は先の2日よりも朝はやや遅い。「取材」対象駅が宿泊地秋田に近いため、あまり早く出ても日が昇らないためである。
目覚めて宿の外に見える秋田駅を見てみると、丁度「日本海1号」が出発していった。定刻である、が、この列車の定刻はその日一日の展開にとってはどうも当てにならないことは分かった。しかしこの3日間の羽越・奥羽筋の日中の運行状況を思えば、長躯大阪からやってくるこの列車はよくやっていると賞賛したくなるくらいだ。

今日の「取材」は八郎潟駅からスタート。ここから再び秋田駅に戻り、そこにかの「1分乗換」がある。
さて八郎潟駅に到着はしたが、自分が乗ってきた列車、中々出発しない。どうやら交換列車が遅れているようだ。これは、と思い、駆け足で駅を撮影し、急いで構内に戻ると丁度交換列車が入ってきた。ここにきて初めて遅延が「吉」と出た。これは予定列車の先行列車。図らずもこれに乗れたということは、「秋田1分乗換」が解消され、「日照時間帯の秋田駅取材」まで可能になったのだ。

結局夜間の「保険取材」をおこなった土崎駅を含め、今日の予定「取材」駅にプラス秋田駅の日中「取材」も難なく終了。いや難なくとは言っても、やはりその間列車の遅延はあったのだが…。

さて帰路である。帰路は秋田から酒田、村上、新発田、新潟、直江津で乗換え、金沢には直江津発金沢行きの普通列車の、最終1本前で向かう予定を組んでいる。酒田以外は本当に乗換のための時間しかなく、まさに乗り通しという状態である。

相変わらずの北風で車窓右側に見える海は大荒れであるが、羽越線は特にダイヤは乱れていない。しかし思えばここまで予定が乱された旅ではあったが、運転中止が出なかったのは幸運だった。遅延は正直言ってある程度覚悟はしていた。最も恐れていたのは不通となって帰れなくなってしまうことだったからだ。これは冬の、しかも寒気団が直撃しているさなかの日本海沿岸筋にとって、決して杞憂ではないのだ。じゃあ何でこの時期に来たのだと言われると、返す言葉はもちろんないのだが(笑)。
戻った秋田駅には大阪からの日本海3号がいた。
長距離列車に限らず、列車は雪だるまの状態。秋田駅で。
羽越線をクリアし、新発田から白新線に入ると、ここで久々に出た、

「対向列車が遅れております…。」

西新発田駅で交換列車を待つが、中々やって来ず、結局一駅進んで佐々木駅での交換となった。この「煽り」は痛い。何しろ新潟駅での乗り換え時間はあまりない。

結局新潟へは乗換の快速列車の発車時刻を過ぎての到着となったが、幸い列車は待っていてくれた。この列車はスタートから遅れることとなったのだが、信越線もダイヤが乱れているらしい。この列車も徐行と加速を繰り返す。長岡駅では構内進入前に止まってしまった。

「只今長岡駅の線路が塞がっておりますので、しばらく止まります。」

この放送も今回の旅初めての理由か、いや思えば初日の弘前手前での数珠繋ぎと同じか。長岡を出てもどうも速度が上がらない、と思っていたら、通過駅のはずの塚山駅に停車した。

「この列車の前を走る普通列車との時間調整のため、しばらく停車します。」

やはり遅れている先行列車に追いつきそう、ということなのだ。快速列車ならでは理由だが、それはともかくそろそろ今度は最後の乗換駅、直江津での乗換時間が怪しくなってきた。

結局列車は直江津には40分ほど遅れて到着。さすがにこの遅れでは乗換列車は待っていてくれない。結局直江津から金沢直通の、最終列車を使うことになった、が、最初から最終列車を使うような予定を組まなくてよかった。一応この危惧を交えて組んだ予定がハマったわけだ。もちろん決して歓迎することではないのだが。

しかし一つ歓迎することがある。最終1本前の列車が各駅停車ながら一目散に金沢へ向かうのに対し、この最終列車は特急の追い抜きのため、黒部駅と富山駅で長時間停車がある。単線区間での行き違いと異なり、同方向への待避なので、その長時間停車は文字通り長い。先を急ぐ人には悪いが、自分はこの時間が結構好きだし、まして今回のように長躯普通列車を乗り継いでいる身にとって、非常に有難い休憩時間となるのだ。
最終日もやはり曇天。車窓には荒れ狂う冬の日本海。
ところによっては視界を塞ぐような降雪も。桑川付近にて。
今回の最終ランナー。久々に見る北陸色になんとはない安堵感を感じてしまった。直江津駅にて。
富山駅にて特急の追い抜き待ち。向こうのホームにはこれから東北へ向かう「日本海1号」が到着。
信越線とともにどうやら北陸線も遅れが出ており、折り返し乗車列車となる直江津終着の下り列車が到着しない。この列車は結局乗車する上り列車の発車時刻には間に合ったものの、今度は長野からの普通列車が遅れており、その接続ために発車が遅れることになった。

車内放送が流れ、遅延のお詫びが入るたびに「長野からの列車の…」という言葉が入る。この3日間で様々な種類のこのお詫びを聞いたが、この列車のものはどうも、遅れたのはこの列車のせいではない、というような響きすらある。
思えば長野から直江津への列車はJR東日本。北陸線はJR西日本であるから、邪推かもしれないが他社のせいだと言いたくなるのかもしれない。もちろん他社の接続だからと言っても、ちゃんと待っていてくれた結果の遅延ではあるのだが、夜行長距離列車が直面するJR各社間の温度差の一端も、こういうところにも現れているのかもしれない。

列車は富山駅に到着。ここで前述の通り、上り特急列車をやり過ごす。
ホームに出て一服する。向こうに見える下りホームには、今回の旅4度目となる「日本海1号」が入線してきた。3日連続この列車を見たことも初めてなら、1日に2度見たのも初めてである。
「この日本海1号」も秋田やそれ以降へ定刻で走り抜けるのであろうか。日常当たり前に思っているようなことなのに、妙にこの「日本海1号」が頼もしく見えてくる。決して「日本海1号」だから定刻運転を行えるわけではないのだが。

「行き違い列車が遅れております」「ポイントが動きません」「番線が塞がっております」「構内の除雪を行っております」「先行列車との時間調整のため停車いたします」「作業員が線路内にいたため緊急停車しました」「遅れております列車の接続を待って発車いたします」…。

「日本海1号」だってこんな理由があれば例外なく遅れるのだ。それにしてもこの旅は多くの遅延が出て、そのたびに様々な理由を聞いたものである。

そろそろ発車時刻が迫ってきた。長かったこの旅も残すところ、あと1時間を切っている。2泊4日の長丁場のためか、思うようにいかないダイヤのためか、はたまた冬の海風にかなりあたったためか、名残惜しい気持ちはあるが、さすがに少し疲れた。暖かい車内に戻り、シートにどっかりと腰を下ろす。そこに車内放送が流れた。


「滑川駅付近の踏切で脱輪事故が起きました。その関係で、富山止まりの上り普通列車が現在滑川駅停車中です。この列車は富山止まりの列車の接続を待って発車いたします。お急ぎのところ、列車遅れまして大変申し訳ございません…。」
おわり
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