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いろはトンネルをめぐる旅 その4(その後)

2頁で宣言(?)していた通り、2月半ばに「冬の」能登線を再訪しました。この年は各地で記録的な大雪を記録したものの、石川県に限っては近年稀に見る暖冬で、積雪量はかなり少ない年でした。再訪時は寒気団が入り込んだ一週間後。何とか雪は残っていたという程度でした。利用状況は前回以上の盛況、ただし廃止まで既に2か月を切っていたその日は前回訪問時とは異なり、既に乗客の半数以上がカメラを持った「鉄」な方たちで、もはや完全に「非日常」の姿となっていました。本編のものは辛うじて見られた最後の「日常」だったようです。ここでは画像を中心に簡単に再訪時の記録をまとめておきます。

穴水駅の駅名標。「のとみい」の文字に続き、ついに下の「なかい」の文字もまもなく消える。
鵜川駅停車中のお座敷列車。「駆け込み」団体客も増えている様子。
鵜川駅の留置車両が増えていた。廃車待ちか、それともここで第二の人生を過ごすのか…。
のと鉄道移管時に定期駅に格上げされた恋路駅。地元では思い出多い人も多かろうが、定期駅としては19年の短い命に。
長時間停車の珠洲駅では撮影会の様相。
もう見られない「蛸島」の方向幕。珠洲駅にて。
珠洲駅では大量の高校生が列車を待っていた。随所に見られた「日常」の光景。
侘しい終着駅蛸島もこの日は盛況。廃止の日が近づくにつれ、さらに爆発的に利用客が増えていったらしい。
蛸島駅でも「撮影会」。大概の駅で見られたこうした客も、やはりこの駅が一番多かった。
九十九湾小木駅での列車交換の様子。カメラを構える人の群れと学生の下車。「日常」と「非日常」が交錯する。
トップ画に使用した地点に再トライ。矢波〜波並間にて。
夜の鵜川駅。さようなら、能登線。
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