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「能登」と読書と群馬三昧の巻 その4

自分を追い抜いたトロッコ列車は峠をぐんぐん登っていき、豆粒のようになったところで一旦停車、そしてその先のカーブの向うへ消えていった。停車したのはかつての丸山変電所があったあたりだ。
帰りの列車の関係もありそれほど遠くまで歩くことは考えていない。とりあえず自分もその旧丸山変電所までは行ってみようと思っていたのだが、はたしてそこには駅があった。もう正直言って訳がわからない。

あとで横川駅などで見た情報を総合すると、軽井沢へ向かう途上に「峠の湯」という駅ができており、そこまで観光用トロッコ列車が、平成17年3月から走っているようだ。
峠を下ってきたEF63。
廃線跡利用の遊歩道。レールが残る。
この旧丸山変電所を訪れるのは2度目。前回の訪問は平成9年夏、つまりこの信越本線横川〜軽井沢間廃止直前のこと。そして実はこの時も、かの大フィーバーの中、「やけに人が多いな〜」などと暢気なことを言っていた。

− その頃の記憶だが…
人の多さを異常に感じつつ、関東圏だからだろう、と自らを納得させていた。
「いつもここ、こんなに沢山いるんですか?」傍らにいた人に尋ねてみた。
「?、そうだねぇ、この辺が一番多いんじゃないの?」東北から来られたというその方が複雑な笑顔で答えてくれた。
しばらく話し続けるが、どうにももう一つ噛みあわない。さらにしばらく話をし、ようやく互いに合点がいく。自分は途方もない驚き、その方は苦笑と共に。つまり自分、間近に迫る廃止を知らなかったのである。
これは10数年に及ぶ長い長いブランク明け、「復鉄」直後(1週間後だったか?)の話。


ここ丸山では「日常」を見ようとして「狂乱の非日常」を見、廃線跡を歩こうとして列車に追い抜かれた。思えばここではひたすら偶然にも、見事なタイミングで「活きた線路」しか見ていないわけだ。8年前にはズタボロだった旧丸山変電所の施設も眩しいばかりに補修されている。あの時と同じ暑い夏の日、自分でも呆れるばかりの勉強不足がゆえに、思わずキョロキョロする自分がいた。
峠を登るトロッコ列車。画面奥の方に進んでます。列車を押し上げるのは専用DL「シェルパ君」。
国の重文旧丸山変電所施設。左手にトロッコ列車用「丸山駅」がある。
○旅のお供その2

さてまた本の話。今回持参した「海辺のカフカ」、ぐいぐい引き込まれるといった感覚とはちょっと違う村上ワールドであるが、やはりなんとなく続きが気になり、という感じで、一日目の炎天下の駅待機中、そして前夜一睡も出来なかったにも関わらず、その日の宿で、結局読み終えてしまった。

文庫化されてしばらく経つし、発刊からとなるとかなりの年月が経過しているので、おそらく論評も数多出ているのだろう、が、それは一切読んでいない。読んでいないため、見当はずれなことを思ってないか少々不安ではあるが、感想としては「ねじまき鳥クロニクル」の焼き直しといった印象が強かった。

宿命的に猫を殺し続けるキャラがいたり、魚が空から降ってきたり、カーネル・サンダースがポン引きをしていたりと、意味不明な「らしい」展開も随所に炸裂するのだが、「世界の終わりとハーボイルドワンダーランド」と同じく交互に二つの物語を並行させ、最後に融合させていく展開や、その他エッセイや旅行記などで事前に「種明かし」されているような描写も散見され、正直なところ印象の薄い作品だった。

つまらなかったかと言われると、そんなことはない、面白かった。ただ他作品を読んでいない方が純粋に楽しめたのかな、という感じである。


この村上春樹という人の作品は、奥田民生の曲に似ている気がする。
熱いようで冷めていたり、冷めているようで熱かったり、シレッとギャグを飛ばしてみたり、ぼやいてみても皮肉っぽくなく、ポジティブに見せてシニカルだったり、どこか淡々と、わざとかはわからないが力点をはずして見せたりと、特に第一印象が何かとりとめのない作品の方が印象に残り、反対にキレイにまとまった作品はどこか記憶から漏れていってしまう。力みのない、何と言うか、平板な混沌が魅力なのかもしれない。どの作品も作者は血を吐くような思いで作成しているのかもしれないが。


ともあれ1日目で既に用意した「お供」は消えてしまった。
ということで、2日目、特に帰路のためにスタートの高崎駅でもう1冊の文庫本を買っていた。買ったのは東野圭吾の「時生」。直木賞作家である、が、実はこの人の作品はこの時点では読んだことがなかった。これを選んだのは売店に並んでいた文庫本の中で、最も分厚かったから、というただそれだけである。

この人は「ぐいぐい引き込む」タイプの作風らしく、直木賞作家らしくストーリーも明快だ。精神性が強く、少なくとも字面では「答え」をくれない村上作品とはまるでことなり、「ガッと入ってクルッと回ってスパッと終わる」感じ。

ただこの手の読み物は旅には向かなかった。ついつい没頭し、一気に読み終えてしまった。結局この旅を終えて自分のまわりに漂ったのは、村上ワールドの空虚感すらある混沌だった。

まぁしかし、こんな拙い文章をwebに載せている自分を思えば、とてもではないが偉そうなことは言えないし、「読書感想文」なんて書いてもお恥ずかしい限り。ただ、「せっかく出かけてるのにもったいない」と思われるフシも重々理解できるが、旅行中の読書って、案外いいものですよ、と。
今回の旅のお供。ただ、さすがに本は傷む。
JR西日本の駅でよく見かける奥田民生さん。
○国境トンネル

さて横川から高崎へ戻り、周辺をしばしうろついたのち、帰路に着く。帰路は長野廻り、長岡廻りどちらの計画もあったのだが、上越線を再度北上することにした。

水上で乗換え、上越国境へ。この区間は本数が極めて少ないためか、乗った列車は結構混んでおり、中でも夏休み期間と言うことで学生風のグループが多い。

列車は新清水トンネルに入り、湯檜曽、土合の順に停車する。
「こんなトコに駅があるよ!」「うぉ〜すげ〜!」
上越線下り線のトンネル駅に学生グループから歓声が上がる。

今いるこの新清水トンネルのある上越国境付近の上越線は、川端康成の「雪国」冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」のくだりで知られるまさにその地点である。
関東平野から名にし負う豪雪地帯へ。さすがに真夏なのでそこまでの風景の激変は期待すべくもないが、冬期間は黒姫・妙高高原へ向け次第に積雪量が増えてゆく信越線経由よりも、明らかな境界がある。


今回の旅は吾妻線に始まり、上越線水上以南、信越線横川以東、そしてわずかながら両毛線と高崎線にも入っており、八高線を除く群馬県のJR線全てに足跡を残した。ついでに言えば上信電鉄にも少し足を踏み入れている。それでいて往路の急行「能登」で県内に入って以来、群馬県からは一歩も出ていない。このトンネルを越えると久しぶりの群馬脱出であることに、実は今更ながら気がついた。まさに群馬三昧。
猛暑ではあったが、終始晴天の群馬県を堪能した。
このトンネルを越えると新潟県中越地方である。自分が行くと雨雪が降るあの中越地方、昨年の夏にも豪雨によりしばし足止めを余儀なくされたあの中越地方である。


トンネル内を走行する騒音がにわかに小さくなり、車両前方の窓から順次光が射し込んで来た。トンネルを抜ける。国境の長いトンネルを抜ける。
国境の長いトンネルを抜けると、





土砂降りであった…。
群馬県内の快晴をあざ笑うかのように、県境を越えると土砂降りとなった。「絶対こうなる」わけでは決してないが、相性はすこぶる悪い新潟中越地方。越後湯沢駅にて。
直江津駅に到着する頃には、この雨のため今しがた通ってきた上越線が不通となっていた。なぜか意味不明の責任すら感じたり。
おわり
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